先輩の眼鏡の向こう側
とある日の午後。
午後から休講になった王崎は、オケ部の指導があるとはいえ、随分早目に高校の門をくぐった。
今はまだ5時限目の最中だろう。
いつもなら音楽室に行って部活が始まるまで自分の練習をする王崎だが、今日は森の広場に足を向ける。
季節としてはまだ冬のはずだが、今日は随分と暖かい。
風もそれほどないし、空気も澄んでとても快適だ。
室内で時間を潰すのがもったいない天気で、きっと金澤辺りはサボッて昼寝でもしたいとぼやいていることだろう。
その広場の一角にあるベンチに腰を下ろすと、王崎は荷物を足元に置いてごろんと横になった。
ちょうど具合よく上半身が木影の下にあって、寝転んでもまぶしくない。
目を閉じてから、思い出したように眼鏡を外して鞄の上に置く。
閉じた目を腕で覆った。
……眠い。
実は、午前中随分眠かったのだ。
昨日、夕方からのバイトが終わってから電話で先輩から呼び出しを喰らった王崎は、疲れていたのに結構呑まされて
結局家に帰りついたのは御前様だった。
こういう時にちょっと距離のある電車通学はツライ。
行きがけにはもう1分気付くのが遅かったら乗り越すところだった。
聞き入れるつもりもなかった 『こっちにアパートでも借りれば楽なのに』 という友人の言葉もつい考えてしまう。
おまけに2限は 『睡眠導入剤』 と異名のある篠原教授の西洋音楽史で、目を閉じないようにするのが精一杯で内容
なんかまったく覚えていない。
あとで誰かにノートを借りなきゃ、と思いながら、ゆっくりと睡魔の到来を受け入れる。
せめてオケ部の指導に支障がないくらいには寝ておかないと、ぼーっとしたアタマでは部員たちに申し訳ない。
ああ、そうだ。
香穂子に電話する約束をしていたのにさすがに1時を過ぎてはそういうわけにもいかず、メールで謝っておいたけど、
今日の帰りにもう一度謝っておこう。
本当は声を聴きたかったのだけど、多分あの時間ではもう眠っていただろう。
…もしかして、ひょっとしておれの電話を待っていてくれただろうか。
もしそうだったら、申し訳ないことをしてしまったと思う。
…ああ、眠い…。
とりあえず眠ろう…。
王崎は、ゆっくりと眠りに引き込まれていった。
ふっ、と、人の気配がして、王崎は目を覚ました。
どれくらい時間が経っただろう。
今、何時だ…?
少し腕をずらして腕時計を見る。 あと15分くらいの余裕があった。
ああ、よかった。 まだ大丈夫だった。
ほっとしてから、ふと思い出す。
…眼鏡かけないと。
僅かに横を向いて鞄の上に置いたはずの眼鏡を取ろうとして、それからどきんと心臓が跳ねる。
こちらに背中を向けて地面に座っている女の子が目の前にいた。
背中を向けていても判る、愛する少女の後姿。
身体を起こした王崎は、とにかく眼鏡をかけようと鞄の上を見て……眼鏡がないのに気付いた。
あれ? 鞄の横にでも落としたかな?
もう一度よく見てみようと下を向きかけた時、突然香穂子がこちらを向いた。
「「 …… っっ!! 」」
目が合った途端、お互いの目が大きく見開かれる。
ないと思った眼鏡が発見された。 …… 香穂子の顔の上に。 なぜそんなトコロに。
「…かほちゃん? 」
「あ、あの、おはようございます…っ。 」
驚かれたからか、香穂子の声が上擦った。
それから慌てて現状の釈明をする。
「ご、ごめんなさい。
あ、あの、ちょっと先輩の眼鏡かけてみたくなって…。
いつも先輩の見てる景色がどんな風なのかなぁ、って思ったら見てみたくなっちゃって…。 」
思わず王崎は赤くなってしまう。
…起き抜けに、なんて可愛いコト聞かせてくれるかな、この子は…。
王崎は苦笑した。
「それで、なにか見えた? 」
「うーん、周りが歪んで見えます。 先輩くらいの距離ならなんとかちゃんと見えますけど。 」
「かほちゃん視力いくつ? 」
「今のところ両目1.5をキープしてます。 でも、先輩もそれほど悪いわけじゃないんですね。 」
「0.3くらいかな。 はっきり見えないのが怖くてね。 」
言いながら香穂子の顔から眼鏡を外す。 顔に引っ掛からないように、慎重に。
「悪くないならかけないほうがいいよ? 目が悪くなっちゃうから。 」
すると、香穂子は笑った。
「でも、先輩とお揃い眼鏡なんてかけたら素敵かな? なんて思っちゃいますけど。 」
可愛い発想に王崎は微笑む。
「うん、素敵だけど、…でもやっぱりかほちゃんは眼鏡をかけない方がいいかな。 」
「あ、似合いませんか? 」
「そうじゃないけど…。 」
ちょっと口ごもってから、掌で口元を隠して視線をそらす。
「2人とも眼鏡をかけてたら、その、すぐキスできなくなるかな…って。 」
自分で言ったくせに真っ赤になっている王崎をぽかんと見てから、香穂子は盛大に真っ赤になった。
そして、うつむき加減で恥ずかしそうに言った。
「……じゃあ、私、あまり視力を落とさないようにします…。 」
「…そ、そうだね…。 」
眼鏡を掛けなおしながら王崎はつい思いついてしまった自分の思考に照れているようだ。
その王崎を見て、香穂子は微笑んだ。
「でも先輩、眼鏡も似合いますけど、かけてなくても、その、好きです、私。 」
途端にちょっとおさまったカオが再び赤く染まる。
たぶん知り合いで王崎の眼鏡を外した素顔を見ている人はそれほど多くないだろう。
1番眼鏡を外したところを見ているのが香穂子であり、それがどんな場面でなのかが判っていてそういうコトを口にし
ている訳ではないだろうと、判ってはいるが照れてしまう。
ああもう、とナニかおかしい今日の自分の思考に呆れながら、なぜそこで照れるのだろうというカオの香穂子に素早く
口付けると、照れ隠しに勢いをつけて立ち上がって大きく伸びをした。
了
07.02.08
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『さくら堂』の早瀬様宅が7万打を迎えられたので、そのお祝いに
送りつけさせてもらったイラストに、SSをつけてくださったのです〜w(≧▽≦)w
起きたばっかなせいか、先輩が普段より糖度が高いような気がするのは私だけでしょうか///
好きな人のメガネとかって、結構そそられるアイテムですよね♪
私としては、視力1.5の香穂子の目が実にうらやましい
同じメガネでもビン底だからね、私のは
かけたら確実に目を悪くするよ;;(爆)
美夜さんありがとうございました!&おめでとうございます〜!!
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