冬休み最後の日曜日の今日。
望美はリズヴァーンの自宅でお茶を飲みながら、何気なく訊いた。
「そういえばまだ訊いてなかったですけど、先生の誕生日っていつですか? 」
「…誕生日、というと私が生まれた日か。 それを訊いてどうする? 」
不思議そうに訊くリズヴァーンに、望美は笑った。
「そりゃ、お祝いしたいと思って。
あの時代はみんないっぺんにお正月にひとつ年を取るんでしょ。
でもこっちではそれぞれのお誕生日にお祝いするんです。
せっかくの先生のこちらでの初めてのお誕生日だから、ちゃんとお祝いしたいと思って。
教えてもらえますか? 」
「おまえが望むなら、無論隠すべくもない。 」
微笑んで少し考えて。
「睦月の9日だが。 」
「はぁ、睦月の…え? 睦月の9日っ!? 」
思わず立ち上がった望美が、湯飲みのお茶をこぼしそうになって慌てて自分で受け止める。
リズヴァーンはその光景に苦笑しながら言った。
「ああ、ちょうど明日だな。 」
まずい。
望美は頭を抱えていた。
どうしよう、と悩んでいる間にも時間は無常にも過ぎていく。
しかし、…明日が期日なのに。
明日! なんで、明日!?
たまたま偶然訊いたとはいえ、何故明日なの!?
いや、まだ当日でなかっただけいいというものだが。
過ぎてしまったというよりはずっといいのだが。
せっかくの初めてのリズ先生の誕生日なのだ。
初めての大好きな恋人への誕生日プレゼントを、なんでまたこんな土壇場になって考えなければならないの!?
不器用だからなにか手作りというのも自信がないが、だからといって簡単に決めたりできるわけもない。
だいたいこんな時間ではなにか用意しようにも買いに出かけるわけにもいかない。
買うにしてもいろいろと見て自分もリズヴァーンも気に入りそうなものを選びたい。
慌てて探したって満足できるものを見つけられるとはとは思えない。
あああああ! 返す返すも口惜しい!
せめてあと3日、いや、1日でも欲しかった!
「いや、だから、そんなコト考えてちゃダメだってば!
先生へのプレゼントを考えなきゃ! 」
望美は頭を抱えて喚いた。
やはり慌てて考えてもなにも浮かばない。
「ああああ、どうしよう! 」
どん!と机を叩く。
途端に机の隅にあったお菓子が一緒に浮いた。
またこぼれるか、と慌てて受け止めた望美は、その瞬間ふと思いつく。
そして、携帯をひっ掴んだ。
「…もしもし、譲くんっ!? 」
そして当日。
望美はリズヴァーンの家にいた。
「先生、お誕生日おめでとうございます! 」
家のドアを開けた途端にこやかに笑っていた望美に嬉しそうに微笑みかけて、リズヴァーンは体を開いて恋人を部屋
の中に招き入れる。
「今日は私が全部やりますね♪ 」
飲み物を入れようと台所に行こうとしたリズヴァーンを押し留めてリビングのソファに座らせる。
そしていい加減勝手知ったる台所に入り、だいぶ危なっかしくなくなってきた手つきでリズヴァーンの分のコーヒーと自
分の分の紅茶を入れる。
大人しく待っていたリズヴァーンの前に飲み物と持ってきた小ぶりのホールケーキを置くと、隣に座った。
「来年は自分で作れるように頑張りますね。 」
「楽しみにしている。 」
微笑むリズヴァーンは、だがたぶんケーキの有無など本当は気にしていないのだろう。
ただ望美が自分の為にと思ってくれる行為そのものが嬉しい。
その望美が買ってきたケーキも、以前珍しくリズヴァーンが食べてこのくらいの甘さならと言っていた店のチーズケー
キで、そんなささやかなことまでちゃんと覚えてくれている望美の想いに改めて今の自分の幸せを感じる。
「それで、その、プレゼントなんですけどね。 」
少し言い難そうに切り出す望美。
リズヴァーンは問うように名を呼ぶ。
「…望美? 昨日、贈り物など用意せずともいいと言っただろう? 」
昨日、誕生日の日にちを知って慌てる望美に言った言葉を繰り返す。
もっとも速攻で『そんなのダメですっ!』と返されたが。
望美は鞄の中からリボンをかけた包みを取り出すと、はい、と差し出した。
苦笑しながら礼と共に受け取る。
せっかく用意してくれたものを突っ返すなどできるわけもない。
重量と手触りで中身が瓶らしいと判ったが中身を推測できず、リズヴァーンは望美に問う。
「開けてもよいか? 」
うなずくのを見てとって、リズヴァーンは丁寧に包装を開く。
そうして出てきたものは、高さ10cmくらいでちょうど彼の掌いっぱいに乗るサイズの瓶。
その中身は、ぎっしり詰まった半透明で黄色い親指大ほどの丸い粒々だった。
正体が判らず、とりあえず瓶のふたを取ると一粒摘み上げてみる。
弾力のある柔らかいそれに見覚えがあった。
「これは、おまえが以前私に食べさせてくれた…確か“ぐみ”という菓子か? 」
「先生、よく覚えてましたね。 」
リズヴァーンの記憶力に驚きながら、望美はうなずいた。
「先生が初めておいしいって言ったお菓子だったから、作ってみたんです。 」
「これを、おまえが作ったのか? 」
素直に驚いて、リズヴァーンはグミと望美の顔を見比べる。
このようなお菓子を家で作ることができるのも驚いたが、それを望美が作ったという事に更に驚く。
だが望美の方は少し恥ずかしそうだ。
「はい、譲くんに作り方を教えてもらって。
…時間がなくてそんなものしか用意できなくてごめんなさい。 」
うつむき加減で視線だけこちらに寄越して望美が謝る姿を愛しそうに見つめて、リズヴァーンは摘んだグミを口に入
れた。
柔らかい歯ごたえと砂糖のものではない自然な甘味が心地よい。
「…どうですか? 」
不安そうに訊いた望美に、リズヴァーンは優しい微笑みを向けた。
「美味だ。 」
途端にふわりと花開くような笑みを浮かべる望美。
「よかったぁ…。 」
「これは、蜜柑の味だな。 」
「あ、はい。 蜜柑を絞った果汁が入ってます。
本当はジュースで作る方が甘味がしっかり出ていいらしいんですけど、先生は自然の甘味の方が好きでしょ。 だからお
砂糖は入れないで、天然果汁100%です♪ 」
元々それほど甘いものが好きではないリズヴァーンにとって、こちらで食べ物、特にお菓子類に入っている砂糖の甘
味は少しくどくて食べづらい。
それをちゃんと考慮して作ってくれたというその行動自体がリズヴァーンには嬉しいことであり、望美の愛情を感じるこ
とができる。
「大切に食べさせてもらおう。
すべて食してしまったら、また作ってくれるか? 」
ぱあっと明るい笑顔全開で望美がうなずいた。
「はいっ、喜んで! 」
嬉しくてたまらないという笑顔の望美が可愛らしくて、リズヴァーンは笑みを深くする。
そして…その細い腕を引き寄せ、己の腕に閉じ込める。
「せせせ先生っっ!? 」
焦る望美を抱きしめて、リズヴァーンはゆっくりと囁くようにつぶやく。
「私は本当にこのような幸せを手に入れていいのだろうか。
神子に愛され、この腕に抱き、愛しいと告げることができる。
僥倖というべきこの瞬間を、本当に私が手にしていていいのかとさえ思ってしまう。 」
わたわたと慌てていた望美の動きが止まった。
「私が望むのは、おまえが向けてくれるその暖かい笑顔とぬくもり。
おまえと共にここで生きている、そのすべてが私には夢でありこの上もない幸福だ。
それなのに、これ以上の幸せをおまえから与えられるなど…。」
ぎゅうっ、と腕の中の少女を抱きしめる。
「おまえは、どれだけ私に幸福をもたらしてくれれば気が済むのだ…? 」
もらったのは、望美の優しさ。
グミキャンディというささやかなものにさえ込められた己に対する細やかな心遣い。
僅かだった時間の中で、自分が言ったほんの一瞬の些細な出来事を思い出して作ってくれたものは、お菓子の姿を
借りた望美の中のリズヴァーンに対する想い。
そして己の身を大切にしない自分に、生を受けた大切な日だと思い知らしめてくれた。
望美が自分を大切だと思っていると教えてくれた、それだけでも充分だというのに。
望美が、おずおずと腕を肩にまわした。
「…ずっと、です。 」
微かな声がした。
え、と僅かに力を抜いて、望美を見下ろす。
望美は顔を上げて、リズヴァーンの瞳を見つめた。
「どんな些細なことでも、先生が喜んでくれるのなら私いくらでもがんばります。
そして、これからずっと、もっともっと先生が幸せを感じられるように傍にいます。
それが私の幸せでもあるから。 だから。 」
にこりと微笑む。
「ふたりで、幸せになりましょう、先生。 ねっ。 」
まさに女神のごとき慈愛に満ちた微笑みだ、と、リズヴァーンは思った。
ふっ、と瞳を閉じる。
そして、微笑むその唇から零れる幸せの言葉。
「ああ、ふたりで、一緒に…。 」
はい、と答えようとした望美の返事は、落とされた唇に塞がれてかき消された。
唇をついばまれ、甘噛みされる。
そして僅かに離したリズヴァーンがくすりと笑った。
「…なるほど、道理で気に入るはずだ。
グミはおまえの唇と同じ甘さと柔らかさだったのだな。 」
思いも寄らぬ事を言われて、望美が一気に真っ赤になった。
「っっっ! なに言ってるんですかっっっ! 」
「本当のことを言ったまでだが? 」
「〜〜〜〜っっっっ (//////) 」
ぽこぽこと胸を叩く望美の手首を笑いながら捕まえて、リズヴァーンはもう一度顔を近づけた。
そして、テーブルの上のコーヒーの存在に気付いた時、それは既に、すっかり冷め切っていたという…。
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